LED照明の普及に伴って、今後舞台表現に置ける光環境はどうなっていくのか、もしくはどうあるべきなのか。また、LEDを含めたデジタルディバイスの侵入によって、劇場空間自体の定義が拡張もしくは変容していく可能性はあるのかというテーマで、意見交換を行った。
例えば、これまで「劇場」は、少なくないインフラの整備が必須だった。電力の供給・グリットやバトンなどの建築整備、専門的な制御機器の導入、そしてその上に各種灯体やスピーカーなどの音響機器を揃え、そしてその制御の為のスキルを持ったテクニカルスタッフがいなければならない。
しかし現在の状況としては、コンピューターに代表されるデジタル機器の広がりにより、DTMで音楽の様相が変わったように、舞台作品の成立する基盤が拡張あるいは変容する可能性がある。LEDの普及は、舞台の消費電力を引き下げ、パワードのスピーカーは直接コンピューターと繋がり、技術的なクリエーションと制御は、数台のノートブックで行える。
そのような状況を見据えて、主に照明の観点を軸に、技術的な視点から、これからの劇場空間に関して、フリートーク形式で意見の交換をはかった。
司会
- 森山直人
- 京都造形芸術大学 舞台芸術学科 教授
ゲスト
- 杉原邦生
- 演出家、舞台美術家
- 玉田 邦夫
- 有限会社タマ・テック・ラボ 代表取締役
- 滑川武
- ロームシアター京都 技術担当
- 服部基
- 照明家
- 吉本有輝子
- 照明家
- 藤本 隆行
- 研究統括
- 岩村 原太
- 共同研究者 京都造形芸術大学 舞台芸術学科准教授
- 筆谷 亮也
- 共同研究者 NPO法人 アトリエ劇研スタッフルーム 照明班
- 魚森 理恵
- 共同研究者 NPO法人 アトリエ劇研スタッフルーム 照明班
報告を聞いて、LED機材の技術的な向上や、機材による機能の違いに驚いた。いつごろからどのように仕事へ導入して来たかを知りたい。
藤本「2003年にLEDによる作品制作を開始。アメリカのカラーキネティクス社が2001年に日本で売り出したのを知り、問い合わせたのが始まり。LEDの色彩の可能性と映像との同期を求めてLEDを選択した。DMXの黎明期で、PCによる操作やネットワークを組んだ他の機材との同期に向いていたため継続して使用。色を見る錐体や脳の機能などを調べるうちに、色についての研究を開始。カラーフィルターによる色の調整など、かつては現場での経験値が左右した技術もLEDには不要。」
10年の進歩と作品の進歩は同期しているか?
藤本「LED機材も進化しているが、制御系の進化が大きい。Max/Mspなどで映像や音響などを同期して制御できる。
インタラクティブに起こっている事象に同期させたり、進行を制御するキューの出所を混在させることができる。
制御の多様さ、機材のコンパクトさ、既存の照明と別のものとして扱うことで可能性が広がる。」
演出家、美術家として活動を始めた頃からLED照明が広がっている立場として、LEDの可能性をどのように感じるか?
杉原「2009年にはじめて演出作品でLEDを使用。(魚森注:小型LEDスポット8台をRGB3chで使用)
震災以降にLEDを使用した作品をよく見るようになったと感じる。
自作はアナログな照明を好んで使ってきたが、先日の公演でLEDを使用した際は既存照明とLEDの質感の違いを利用して、アナログから一気にデジタル感へコントラストを作る事ができ、有効だと感じた。」
「2011年問題」について
藤本「2011年のあと劇場の電力使用に関してトークイベントで話したが、『劇場の電力は知れている』という話になった。
ただ、街中でのイルミネーションをLED化するイベント(スマートイルミネーション横浜)では、効果的に電力を低減できた。」
服部「2011年の夏に官庁から電力を15%落とすようお達しがあった。実際は舞台照明での電力使用はさほど多くなく、劇場の空調使用の方が影響が大きいが、舞台照明が電気を多く使っている世間のイメージは大きい。
LEDの普及は2011年問題以前に始まっており、家庭用の電球を作らないと発表された後に震災が起こったこと、また、青色の発光効率が良くなったので、急速に普及した。
劇場照明も向こう20年くらいで確実にLEDへ変わっていくと思われ、既存の劇場は、照明設備を変えていかなければならない。『LEDを導入せよ』という流れが大きくある。
照明家協会ではLEDの勉強会を行っているが、色温度、フェードの問題などは折衷案を出すしかなく、導入にむけたスタンスは確立していない。和物、バレエ、白塗り等に対して、LEDはまだ使用できるレベルに達していない。歌舞伎座はリニューアルの際にUHL、LHL、FootにLEDを導入したが、Footは出演者から眩しすぎると苦情が来て使用を廃止された。LEDスポットは導入したが使っていない。だが、ハロゲンランプが色温度を下げながら暗くなる動作をLEDスポットで再現する技術が求められ、利用されている。
かつて多く普及した『一般照明』という呼び方は(機材革新期の現在においては)不適切なので『コンベンションライト』という名称を照明家協会は普及している。(コンベンション=普遍的、伝統的)」
滑川「現在、(2016年1月にオープンの)ロームシアター京都の開館準備をしている。就任が決まった時期には、導入予定の劇場設備の仕様は決まっていた。LEDには加速度的に対応せねばならないが、現状は導入していない。将来導入できるよう劇場設備を拡張向けに対応はしている。公共劇場は予算の問題があり、行政に依存する予算から対応せねばならない。
かつて所属していた劇団四季の持ち小屋は、壁と天井と客席があれば、過剰な設備は邪魔になり、演出に合わせて持ち込めば良いと言うコンセプトだった。多様な作品を上演する日本の公共劇場ではそのコンセプトは難しいが『多目的劇場は無目的』にならない事が重要だと思う。
今日はLEDという道具を専門家がどのように考えているのか期待して来た。『人間の肌の色』が美しく見えるかどうかが大事だと感じる。その問題をLEDがクリアしたのはまだ見た事がない。」
LEDの肌色問題、輝度が高すぎる事の問題について
吉本「20年後には肌色問題も解決されているだろうと仮定しているので、現状は求めていない。
連続したスペクトルではないことや、高い輝度を利用して使用している。
仕事している範囲内はまだLEDは一般化していない。LEDの劇場を早く作って欲しいし、それがあるなら使ってみたい。
スペクトルが切れてしまうのでRGBのLEDを使うのは難しさも感じるが、白色LEDのウォッシュライトはよく使う。
スポットの性能と劇場卓の性能がどのように発展するかが気になる。
現実的に、そこの劇場でしか出来ないことをやるのが面白いと感じる。」
岩村「主な活動が山海塾というカンパニーで、アナログな光を用いることが多いのだが、教員としてLEDに関することは講義している。5年前に比べて問題点が整理されて来て、学生も直感的にLEDの使用へアクセス出来ている。」
服部「LEDは軽さ、安さ、操作性の多様さにより、いろんな立場の人がLEDの使用へ踏み切りやすい環境に有る。
小さなスペースはLED設備のみのところもある。使う人が増えることで発展する可能性がある。」
玉田「現在は、家で使えるLED電球で、スマートフォンでカラー調光ができるものもある。
現場においては、LEDを多チャンネル調光のできる設備設計に関する発注が多い。
桁違いのチャンネル制御が常識になる時代、劇場インフラをどのように設定するかが問題。」
服部「LEDは設置が簡易で、地下など外光がないところに間接照明をおくなど、居住空間でないところを開発できる。
劇場技術は伝承性、踏襲性にもとづいてきたので、新しい技術を持ち込む時には『ケジメ』をつけないといけない。
演色性の基準は調べれば調べるほど分からない。」
どの白を一般的な白と設定するか。また、公共劇場がLEDをもつべきか、その際のスタンダードとはなにか。3年で大幅に機材が進化するLEDを設備として持つリスクは大きいのではないか。リースなどの可能性はあるか。
滑川「演出家やプランナーなどの表現が、出来るだけ制約されることのない劇場が望ましいと感じる。」
服部「機材の発展は凄まじい。ピントもあうものが出て来た。」
藤本「単光源の明るいスポットが開発されれば可能性が広がる。
3年経ったら違う機材が出てくるなら、公共ホールは買わない方がいいんじゃないか。」
服部「新しい劇場は客電からLEDになっているが、調光の問題は解消されていない。」
滑川「客電もそうだし、楽屋や反響板についている照明も、LEDが導入されている。」
藤本「能楽堂の客電LEDを施工する際に設備導入の希望が通らず、値1でカットアウトする状態になった。つまり、客電は、きれいにフェードアウトできない。」
服部「LEDによる調光の問題を今後は共有して施設を作る必要がある。LEDはとても可能性があると思う。
PANIによるリアスクリーン時代が長くあったが、リア奥での転換の問題などが出て、LEDスクリーン時代へ。紗幕としても使うことができるし、小道具や衣装へも載せられるし、映像演出の可能性も増えている。
(2005年の)愛地球博以来、LED技術を介して映像や照明や美術の範囲が曖昧になっている。床にLEDを敷き、ガラスシートをのせて床面の模様や発光を操作するなど、可能性が広がっている。」
最近は、10年前に見ていた舞台と光の質感が違うと感じる。
服部「劇場入りしてからしか分からなかったことが、シミュレーションできるようになってきたことは大きい。
シミュレーションソフトも多くある。劇場以外で積み重ねたものが大きく作品に反映するため、チームワークの考え方が変わって来た。」
チームワークやシミュレーションの考え方が変わっていく中、公共劇場のスタンダードはどのように進化していくのか。
藤本「フィンランドのオペラ劇場を視察したとき、シミュレーションスペースがあって演目を日々変えることが出来るが、そのスペースの範囲内でのクリエイションになるので、ある種の効率化を進めていくと、はみだす思想がでにくいのではないかと感じた。」
服部「舞台照明は手に取れないし、それぞれがイメージが違う。トライアンドエラーを劇場入り前に現実空間で蓄積する方法がないか。作品作りにおいて、照明家の参加のタイミングをどう考えるか。」
吉本「演出家が『観る』ことに興味が薄いことがある。」
杉原「事前の打ち合わせを経て、やはり実際の空間で観る時間が大事で、リハーサルの時間がいかに多く取れるかが問題。」
岩村「ヨーロッパの劇場は常がからっぽのことが多い。なにもないことが便利だ、というのが世界のスタンダード。
なんでもあるのは日本くらい。」
滑川「日本の公共ホールのスタンダードが、なんでもできます、色々用意してありますという設備になっているが、空っぽの方がいいこともある。」
服部「コンベンションライトは日本のメーカーが多く、ムービング等は海外製が多い。
海外の作品は演目に特化した機材を選んで持ち込むが、日本の劇場設備への導入については話し合うと決まらないので、色んな機材の利点を話合っている。現在、テレビスタジオは多くがLED化していて、色温度も揃っている。」
玉田「新しい光源は有機ELなどもあるが、しばらくはLEDが普及するのではないか。
現状でコンベンションライトを主に扱うメーカーや、扱う側にも契機となっている。」
服部「LED機材は欧米並みの調光概念を実現し、100Vと200Vの違いや50-60HZの問題をクリアできる。
日本の照明機器メーカーが海外の展示会に行けるようになったのもの最近のことで、日本製品が海外にも展開できるように、LED機器が市場を開放している。」
筆谷「活動を始めたころは、パソコンで光の操作を扱うことから入った。
デザイナーが演出的な提案を担うことが大きくなるのではないか。ベテランの方々が、演出家と照明家の関係をどう作っているかが知りたい。」
服部「照明家の仕事は演出家。何を見せるか見せないか、演出的な時間軸を提示するだけでなく、最近は、舞台空間を静止画として成立するかどうかを提示している。
丁稚奉公をやってできる職種かどうかはこれから変わってくる。
業界の6割は丁稚出身でも、3~4割は別の経路から出てくる人材に期待したい。
クリエーターとしての才能が顕著に出てくる時代だと思う。
逆の動きとして紹介すると、ドイツは照明デザイナーがいない。誰でもできるもので、ハードルが低いものだったが、クオリティを上げる為にデザイナーを入れるようになった。」
藤本「今使っている卓はデータの数値が加算方式であるHTP(Highest Takes Precedence=最大値優先実行)になるが、後から来たキューが優先するムービング卓のLTP(Latest Takes Precedence=直近値優先実行)の方が多く開発されている。
卓がそちら側を優先して発展していくと、LEDの色変化の操作が困難になる事が多い。
制御機器の仕様によって、演出の可能性が制限されてしまう。
使い手がそういうことを言っていかねばならない。」
吉本「多チャンネル化すると、デザイナーとプログラマーを分ける必要がある。」
服部「武道館だと4つくらいの卓があって、1週間くらいプログラムして、リハーサルであわせられるのは短時間。
大ホールでは細かい分業化はものすごく進んでいるが、小さいスペースでの公演だと、分業とは逆方向になっている。」
藤本「自分の仕事では、音と光を一括して制御する事が増えている。」
岩村「LEDは舞台表現を変える可能性をもっている。
日々の暮らしにも大きな変化を要求するものかもしれない。」
藤本「LEDの時代に否応なく進んでしまうことを実感した。そうなるならば、良いものになってほしい。
流れに抵抗するより、どこまで行けるかやってみたほうがいいと思う。」